@Atsushi Sugimoto

カウアイ島かバイロンか?

見知らぬ土地カウアイでファーム生活という真新しい環境の中、お腹にいる赤ちゃんと少しでも繋がろうとメディテーションをし、まだ小さなお腹をさすった。

赤ちゃんの居る位置や大きさなどを温かな手で調べてくれ、機械を通して鼓動を聴かせてくれた地元のミッドワイフ(助産婦さん)クラウディアに出会えたのはちょうど妊娠5ヶ月に差し掛かった時だった。地元でも有名な自然分娩のスペシャリスト。

きっと私は不安に包まれた顔をしていたのだろう、初めての妊娠、旅行中だということに加え、全ての妊娠出産用語を英語で理解しなければいけない。

彼女の自宅にあるリラックスした雰囲気のクリニックで検診を終え、クラウディアは私の肩を抱き笑顔でこう言った。

「あなたたちは検診料は払わなくていいわ。その代わりに元気な赤ちゃんを産んでね!」

「えっ?」

海外での検診はいくらになるか分からない! と気合いを入れてきた私たちは、拍子抜けした。

「旅をしているときは、お金のことは心配しなくていいの。あなたたちは人からサポートされるがままにオファーを受け取っていいのよ。そしてこの島を旅立つ前に、もう一度検診にいらっしゃい。約束よ。」優しい声で私たちをクリニックから送り出してくれた。

 

この島がより一層好きになった。

カウアイの印象はとにかく人々の心がピュア。言ったことはやる、約束は守る、お互いをリスペクトする。すごく深い信頼が昔から根付いている島、こんな温かい島で子供を産みたいと思った。

しかし私たちはオーストラリアの永住権はあるものの、住民権はない(ドイツも日本も2重国籍が認められない為)。だから子供達にオーストラリアの住民権を確実に与えるには、オーストラリアに戻って出産するのが賢明だろう。

ということで、カウアイの小川で出産?!の夢は儚く消え、バイロンベイに戻ることに決定した。

この島で、この上ないクリーンな環境で妊娠期間を過ごせた私たち3人はものすごくラッキーだった。またいつだって3人で帰ってくる事も出来るし。

 

島を出る前にお礼とお別れ、そして最後の検診を受けにクラウディアの所に立ち寄った。

「ねえ、私たちの出産にバイロンで立ち会って欲しいって言ったらどうする?」

優しい表情で検診をするクラウディアに、ちょっとイタズラ気味に私は聞いてみた。

「行くわ! ホリデーを兼ねて。そしてこの本をプレゼントするわ、自然出産のバイブル的な存在よ。」

渡されたのはIna Mayの『Guide to Childbirth』という本だった。

私たちの子供を取り上げるのはこの人だわ! 私は確信した。

 

日本を旅行中、最後の2人旅(私はいつも眠かった!笑)

パパとママになる準備

ハワイから日本へと戻ると、私の両親や家族との顔合わせ、四国までの旅を終え今度はヨーロッパへ向かった。

ドイツでは彼の御両親、家族、親戚、御近所の方々と皆さんに温かく迎えられた。お互いの家族同士は会えないものの、なんだかやっと”これで任務は完了した感”に包まれホッとした。

カップルだった私達は3人になり、両家の家族が1つとなりファミリーが大きくなっていく。

結婚をしていないからか、実感がなく不思議な感じだった。

 

オーストラリアに戻ったのは出産の約2ヶ月前。

空港に着き、預けて行った車を引き取り、私たちが所持するものはバン1台のみだった。家も無く、仕事も無く、全てをゼロからスタートする。怖いような、ワクワクするような。

 

取り敢えず海に飛び込み、ビーチを裸足で歩き、フルーツとサラダをいっぱい食べてから考えよう!

バンの後ろに積んであるベッドで寝ながら数日キャンプをした。

そして、多くの人々に支えられ生活がゆっくりと立ち上がってきた。

赤ちゃんがこの世界に出てくるその日まで、私はただただ綺麗なものを身体に取り入れ、ビーチを歩き、ヨガと瞑想をし、自然な出産が出来るようにと、心地よい環境を作ることだけに集中した。彼がそんな贅沢な環境を与えてくれた。

もちろん出産ギリギリまで働くこともアクティブで素晴らしいと思う。だけど私はゆっくり自分の身体とマインドとコネクトし、より健康な身体を私も赤ちゃんも日々作り出せるようにする事が何よりも大切だと感じた。

出産は大仕事、そして出来る限り自然分娩で赤ちゃんを迎えたいと強く願った私たちは、2つの異なる母親&父親教室に週に2度通った。

 

自分の身体としっかりコネクトする事で、コントロールする力と身体が持つ本来の能力を最大限に有効にできる。だから簡単さや便利さに振り回されない選択をしたかった。

彼は自分が赤ちゃんを産みたいというほどに出産に興味があり、そのスピリチュアルな神秘的さと科学的な細胞の変化、両側にすごく惹かれていた。仕事から帰ると出産の本を読み漁り、マッサージや料理のレシピや運動など色々と私に試してくる。そして出産の流れや危険性、必要事項をすごく真剣に学んでいた。

赤ちゃんがついに産道を下りてくる前に子宮口は10cm開かないといけない、8cmの時にほとんどの人が自制心を失う。無痛分娩を求めたり、気絶しそうになったり、もうダメだと崩れ落ちる瞬間がくるらしい。

彼が突然真剣な眼差しで話をしてきた。

「僕はその時に2人で決めた道から外れないように、2人らしい決断をできるように、正気で冷静な判断が出来るコンディションでいたい。だから君と赤ちゃんのために全ての詳細を理解し何が起こっているか学んでおく必要が僕にはあるんだ!」

この人で良かった。そう思えた瞬間だった。

 

出産には多くのクリスタルを持って挑んだ

 

私達らしい出産

ついにその日が来た。

ビーチを二人で散歩して、チャイを飲んだあとに陣痛が始まり、地元の助産院ヘ行く準備が始まった。

事前にパッキングしておいたバッグには、岩塩のランプ、エッセンシャルオイル、クリスタル、赤ちゃんの洋服や出産時にかけたい音楽やスピーカーなどが詰め込まれていた。冷蔵庫からは新鮮なココナッツと、味噌汁、おにぎり、梅干し、凍らしたグレープなどを持って助産院へ向かった。

出産は思ったようにスムーズには運ばず、私達ならスルっと産めるだろうとかなり軽く考えていたを実感した。陣痛が始まってから23時間、気絶寸前で、”誰もこんなに大変だって教えてくれなかったぁ!”とずっとそれだけが頭から離れなかった。

10cm開くはずの子宮口は6cmから開かず、隣町の大きな病院に搬送するか? というオプションもあった中、彼の出番がやって来た!

「僕たち3人なら出来る、薬や医学に頼らず出来るところまで自力で頑張ろう。僕はずっとここにいるから、君たち(赤ちゃんと私)はコミュニケーションをちゃんと取って、お互いのリズムを合わせれば何でも出来る、君の身体は何をしたら良いか全て知っているんだよ。だから自分を信じて!」

 

彼は23時間の間、一度も(トイレ以外)部屋を離れなかった。

ご飯も食べに行かず、休憩も仮眠もせず、出産するプールの中に何時間も私と浸かり、プールから出てはマッサージをし続け、ずっと側で私の呼吸を導いてくれた。マインドがここから飛んで行ってしまわないように、痛さに持って行かれないようにと、しっかりと横で全てを握っていてくれた。

私はといえば「そんな事どうでも良いから促進剤打ってくれ〜〜〜」と泣きながら助産婦さんにお願いしていた。笑

助産婦さんもさすが自然分娩プロ、私の様子と赤ちゃんの心拍数やストレスレベルなどを色々とチェックし限界かどうか分かっているので、私の要求は優しく却下された。

 

それから3時間後、ようやく準備ができた赤ちゃんは産道をゆっくりと降りて来た。
私達は出産用プールにかけ込み、彼は赤ちゃんを受け取る準備をした。

なんだかもうわからない世界で、とにかく動物のように低い声が体から出て来て、もうやるしかないというわずかな気力だけが残っていた。

どれだけの時間がそこでかかったのかはわからないが、サパーっと水中に何かが出て来たと。それはちょっと紫がかった色の大きな声を発する生き物、ずっと会える日を待ち望んでいた私達の赤ちゃんだった。

もう泣くしかない。

怖かったし、自分を信じれなくて、逃げ出したかった。自分の弱さが突きつけられて、こんなに崖っぷちに立った感覚は生まれて初めてだった。

でも私の後ろにはいつも彼がいた。

呼吸を合わせて、3人が1つの個体でいられるように、その長い腕で私達をずっと包み込んでいてくれた。

だから私はやり遂げることができた。

むしろ彼がママじゃない??

私よりも1000倍強い。

この人とでなければ子供を産むなんて出来なかったなーと出産直後すぐに実感じた。

新生児って猿みたい? と勝手に想像していたけど、手足が異様に長く綺麗な顔立ちの男の子。

私は何だかわからないままに赤ちゃんを抱いていた。共に26時間という過酷な長期戦をこなした仲間のような彼に、とにかく「頑張ったね」と声をかけ続けた。

 

赤ちゃんが出て来た後、胎盤が出てくるのを待った。

お腹に赤ちゃんがいる間、私の身体と赤ちゃんの身体を繋いでいてくれた胎盤。とても重要な役割を果たしていたのに、出産直後に通常はプツリと切り離される。

それはへその緒を切るという事。

 

私達は赤ちゃんと胎盤の関係をリスペクトし、それぞれが自ら別れを告げるまで共に過ごしてもらう方法をすると決めていた。(約1週間で自然と乾燥して切れるとのこと。)その胎盤と赤ちゃんのおへそを繋げておく出産方法をロータス・バースと呼ぶ。なんとも奇怪!

だけど私達にとってはこっちの方が自然に感じた、ハサミで切り離しちゃう方が奇怪だと。なのでしばらくは赤ちゃんと一緒に事前に作っておいた”胎盤バック”に胎盤を入れて、肩に掛けて持って歩くことになった。


産後、ちょうど1週間経った日に友達から電話がきた。

「まきちゃん、今日で赤ちゃんが天から降りてきてから7日目。赤ちゃんが神の手からあなたの手にようやく手渡された日なんだよ。改めて出産おめでとう。」

そうなんだ〜と思っていた矢先、胎盤と赤ちゃんを繋いでいたへその緒が、おへその付け根から自然にぽろっと取れた。

本当にこの天使は舞い降りてきたんだ、私たちを選んで。 

Writer : Maki 3 little spirals

Message

次回の第6話は、子どもが苦手な私が慣れないママ業をやっとこなしながらも、またまた押し寄せてくる大波とのご対面のお話をお届けします。

第10話まで続く予定です、どうぞ最後までお付き合いください。

Share iline Facebook Twitter