@ Owen Beard

 

体調を壊して初めてスローダウンする人生

ワーキングホリデーの1年間で海外生活というものを体験し、勢いよくオーストラリアから日本に帰国。しかし実際所持していたものは自信と経験だけ。お金も仕事も車もなく、またゼロからのスタートという、大きな現実とのギャップにまずヤラレ、一回真っ逆さまに急降下。

その後友達や家族に支えられて足元も固まり、「プロサーファーになりたい」という夢を胸に人生を全力で走り出したのも束の間だった。

神奈川県の逗子市にあるクラッシックなリーフのポイントでいい波に乗り満足していた私は、海を上がった直後にお腹に不快を感じ、直ぐに激痛を感じはじめた。病院に直行すると急性卵巣嚢腫だと言われ、嚢腫が大きく卵巣がよじれて血液が回らなくなっている為に20cm以上に渡る開腹手術が即座に行なわれた。

23歳、勢いよく駆け抜けていた人生を一旦スローダウン、というか急停止させられたのだった。

「冷たいお水でサーフィンはもう控えた方がいいかもね」というお医者さんの言葉。。。

気分的にはもうこの世の終わり。

誰にも会いたくないし、何もいらない。

そして再度引きこもる日々が始まったのだった。

”水が恋しいな”

そんな風に思えるまで、どれだけ時間がかかったのだろう?

友人は皆サーファーだった為、誰とも連絡を取りたくなかった。

数年アマチュアのコンテストに集中して、プロになる道を歩もうと決心した矢先だった為に、身体の傷は癒えてもメンタルはドン底まで落ちて行った。


Samuel Austin

 

ヨガ、アロマセラピーという癒やしとの出合い

体力と気力を取り戻すために通い出したジムのプールで泳ぐ時間が、その頃の私にとっては癒やしの時間だった。

ある日ジムで行われていたヨガクラスに参加してみた。それは今から18年前のこと。ヨガクラス自体が珍しく、参加者はお年寄りばかり。ヨガはオシャレでもなんでもなかった時代なのである。

普通のジムにも関わらず、先生はインド帰りで本気のスピリチュアル系。ヨガ初体験の私にも彼女のハタヨガとメディテーションのクラスはすごく自然で心地よく、おかげでそのままどっぷりとはまってしまった。

永遠に繰り返される呼吸に意識を保つことで、どっしりと重かったメンタルがすっきりとクリアになり始めた。

とにかく吸い込まれるようにそのヨガクラスに通い続けると、少しづつ心に活気が湧いてきて、少し前を向いて歩けるようになっていった。

 

そんな時にジムの帰り道にあった本屋さんで、ある本に出会った。

”アロマセラピー”

なんだか植物の香りで自分の心と身体のバランスを保てるらしい! 書店で立ち読みし、今度は座り込んで読み漁り、ストップできなくなった私は数冊を家に持ち帰ることにした。

興味を持ったら、そこから流れ出すのはめっぽう早い私の人生。気がつけば湘南にあるアロマセラピーとマッサージの学校に通い始めていた。

癒やしという世界に目覚め、まずは自分の心と身体の傷を癒やすことを学んだのち、この癒やしをより深く学びたいと、海外へ渡ることを再び意識し始めたのだった。

 

自然療法が盛んで英語が学べる場所。
イギリスか、オーストラリアか。。。

「誰も知らない暖かいところに行けば、またのんびりサーフィンを始められるかもしれない!」そんな柔らかい期待と共に、あのゆる〜いオーストラリアの地を再度夢見だした私は、25歳だった。

@atsushi__sugimoto

 

もう一度自分探しに、オーストラリアへ

アロマセラピーの学校に通いながら仕事を2つ掛け持ちし、必死でお金を貯め、学生ビザを手に戻って来たオーストラリアはなんだか少しよそよそしく感じられた。私が少し大人になったからだろうか?

オーストラリアのゴールドコーストに到着すると、購入した車に早速テントと板を積んで最南端のタスマニアまで、”ここだ!”と思える場所を探しに旅に出た。

専門学校に2年間通いながら、夢だったマッサージの仕事を始める事が出来た。

エネルギーと癒やしを深く学び、そして夢を追いかけながらも地に足をつけて生きていくという力を体感しながら身に付けていく。

オーストラリアに来てからも素晴らしいヨガの先生方に巡り合い、より深くヨガの世界へ恋に落ちていった。

 

サーフィン、学校、仕事、ヨガ、異国人との恋愛も学び、泣き笑いを繰り返してはようやくバランスを見つけ、安定し始めたオーストラリアライフ。。。

だけど、やっぱり何かまだしっくり来ていない。

何かを探している自分の存在に気づいた。

そしてまた、学生ビザの更新の日が近づいて来た。

その時代は、インターナショナルスチューデントという名目で膨大な学費を払い続けなければいけなかった。学費を払うために働き、疲れ切っていた私は、本当にこのままここでこの生活をしていたいのか?でも ”ビザを更新しなければもうこの国には居られなくなる” という現実にぶち当たっていた。

 

ビザ更新の必要な書類の入ったカバンを手に、移民局へ向かおうと玄関口に立ったその時、当時のシェアメイトでもあり、ものすごい理由で私と人生が絡み合っていた友人が(彼との宇宙的なつながりの話はまた違うストーリーでご紹介します)見かねて口を開いた。

「それがお前が本当にやりたいことなの?」

また来た、マジカルな1滴を落としてくれる人よ。

「しがみつかないで、お前らしくやりたいことやれよ。」

何も言えなかった。

先が不安で、どっちに進んだらいいのかわからなくて、自信がなくて。

そして何より変化が怖かった。

とりあえず泣いた。

そして感情が緩んだ。

「だよね。」

私はビザの更新というものにしがみつくことを手放すことにした。

アジアとか旅してみようかな…

みんなが言う ”放浪” ってやつを一度でいいからしてみたい!

 

してみる!

La Pájara Azul 

 

輝く宝石と出合い、一気に動き始める人生

肩の荷も降り気分的に自由になった私は、アジアの旅に行く準備をしながら自由気ままにオーストラリア国内を動き回っていた。

ある日バイロンベイの大きなサンデーマーケットに出かけると、神々しいエネルギーを放つ手作りの石鹸に出合ったのだった。

その石鹸が目に入った瞬間、本当に大げさではなく、森の中で光り輝く宝石を見つけたような感覚だった。無意識で近づいたものの、放っているエネルギーが凄すぎて手に取れなかったことを今でも覚えている。

そしてその石鹸との出合いから1年もしないうちに、私はこの衝撃的な石鹸を生み出すお店の店主の元に嫁いだ。

「そっか、ここに来るために学生人生に終止符を打ったのか。。。勇気を出して変化を求めたからこうなったんだ。」

一人で流れを再確認しながら、人生のおさらいしてみた。

自分の選んだ道が正しかったように感じられて、ハッピーになり、勇気を振り絞ってその選択をできた自分を誇らしく思えた。

そして同時に、背中を押してくれた友をありがたく感じた。

石鹸作りは大好きなエッセンシャルオイルと戯れることができ、実験好きな私の性格にはもってこいの仕事。学生時代に学んだアロマセラピーの知識を活かし、オリジナルのプロダクトを生みだし、人々の身体や心の悩みをサポートする役割を得た。

お店を2軒営み、オーストラリア国内への卸売りや地元のサンデーマーケットなど忙しい日々を送り、バイロンベイでの仕事と生活は至福そのもの。なにかを作り出す事や手作業が大好きで、クリエイト出来る作業を思いっきり満喫した。

そして結婚にはこだわりがなかった私たちだけど、一緒に居たいという理由で選んだ道。

「来週結婚しよう!」

雨の降る中、両親も立ち会わない小さなセレモニーをバイロンベイにある自分たちのお店で、数人の友達に囲まれ行なった。

こうして27歳の私は、なんの実感もなく突然ワイフになったのだった。

Writer : Maki 3 little spirals

Message

第3話では、マジックを運んできたヒーリングマスターとの出会い。

ハッピーな離婚に行き着くまで、そして雲を抜けたその先で見つけた私の宝物のお話をお届けしていきます。

長々とお付き合い頂き、ありがとうございます!

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