「え、4回もデートして手も繋がないって、随分奥手だね。」
真紀が苦笑いをして、いちごがたっぷり乗ったタルトにフォークを入れた。
「だよね。なんか、脈があるのか無いのかもよく分からなくて。」
真紀からランチに誘われて、図らずも、先日加賀美と来た代官山のカフェを訪れた。今日は天気も良くて、日当たりのいいテラス席が気持ちいい。
「最近の男の子ってそんな感じなのかな。なんかこのままいくと、ただの友達で終わりそうな気がしちゃって。」
「んー、人によると思うけど、クリエイター系の男の子は確かにちょっと奥手かもね。うちのブランドのデザイナーの男の子も、なんていうか植物みたいな感じだから。」
確かに加賀美は、部屋の中にある大きな観葉植物みたいだ。
「言えてる。なんか意思疎通できないわけじゃ無いんだけど、話しててもどうも反応がないっていうか、手応えがないんだよね。」
「都はその彼と付き合ってみてもいいな、とは思ってるの?」
「うーん。正直まだ分からないんだよね。でも、彼のことをもっと知りたいとは思ってるかな。」
「でもその年上の人とはキスまでしちゃったんでしょ?」
宮藤さんとは、キスこそしたものの、お互いに付き合うと明言はしていない。なんだかそれを考えると、久々に男の人とデートはしているものの、結局状況には変わりはない気がしてしまう。
「とりあえず、次のデートでも何もなかったら、一旦見切りをつけて、宮藤さん?との関係を深めてみるのもありかもだね。」
「そうだよね…。宮藤さんとの関係の方が、付き合ってる自分が想像できるかも…。」
でも、加賀美のことをないがしろにもできない気がして、一体私自身はどうしたいんだろう、と思ってしまう。久しく恋愛をしていなかったおかげで、こういう時の気持ちと行動のバランスの取り方が、分からなくなってしまっている気がする。
「実はさ、この間、学から話があるって言われてね。」
真紀がフォークを置いて、おもむろに切り出した。
「うん、どうしたの?」
いつも笑顔を絶やさない真紀には珍しく、伏せた目元に迷いが浮かんでいて、私もフォークを置いた。
「……子どもを作ることを考えてみないか、って言われたんだよね。」
「え?……でも、子どもは当分いらないって言ってなかった?」
この間、真紀の家で飲んだ時も、確かに学くんは、子どもは今すぐ作らなくていい、と言っていた気がする。そもそも真紀はずっと、子どもを育てるより仕事がしたいと言っていて、学くんもそれを承知しているのだと思っていた。
「話しをしたら、ずっと、いつかは子どもが欲しいって思ってたみたいなんだよね。私の仕事が順調だから、言い出せなかったみたいで。」
「そうなんだ……。でも、真紀はどう思ってるの?まだ仕事頑張りたいんでしょ?」
真紀の表情からして、今すぐに子どもを作りたいのでは無いことは明らかだ。
「正直、私子どもは今考えられなくて…。仕事が順調だからっていうのももちろんあるけど、私は学と生きていきたいけど、そこに子どもが必要だって考えたことがなくて…。」
「うんうん…で、何て答えたの?」
「嘘はつきたくないから、そのまま伝えたんだよね。でもそしたら、学とちょっとぎくしゃくしちゃって…。」
「そっか……。でも、それって、相手に合わせて考えを変えるっていう問題でも無い気がするから、真紀がそう思えないなら、無理してどうこうって話でも無い気がするけど…。」
「私もそう思ってるんだよね。だから、学ともう一回話さなきゃって思ってるんだけど、ずっと気持ちを隠して私に合わせてくれてた学のこと考えると、それが正解なのか迷っちゃって。」
「そうだよね…。」
相手に自分の気持ちを伝えるのは、なぜこんなに難しいんだろう。それこそテレパシーでも使えるなら話は違うのかもしれないけれど、そんな力のない私たちは、言葉にして気持ちを伝えないと相手には伝わらない。
それは恋人であっても、友達でも家族でだって同じことだ。
「彼にうまく伝えられるように、ちょっと考えてみる。変な話ししちゃってごめんね。」
いつもの笑顔に戻って、真紀はそう言ったけれど、私はなんだかモヤモヤしてしまって、いつもの通り気の利いた一言が思いつかずに、曖昧に笑い返すのが精一杯だった。
Writer : Miranda