細長いガラスのシリンダーを88本並べて、小さいジョウロで水を少しずつ注ぐ。そこに黄色のガーベラを2輪ずつ入れてゆく。今夜ホテルで開催される宴会の、立食テーブルに飾るための花だ。
どうせすぐに食べ散らかした皿やグラスでごちゃごちゃになるテーブルに、なぜわざわざ花を飾るのか、と思わなくもないが、そんなのは私の知ったことではない。言われたものを淡々と準備するまでだ。
私が働いているフラワーショップは、ホテル内のブティック街にある一般客向けのショップとは別に、ホテルの地下階に、結婚式の装花やホテルで開催される宴会の装花などを準備するためのバンケットがある。私は普段ショップには立たず、主にこのバンケットの業務に携わっている。
「今日って88卓でしたっけ?」
地下の倉庫に荷物を取りに行っていた、後輩の長瀬が戻ってきた。今週末の結婚式で使うキャンドルや、器、チャペルに飾る造花などを合わせると、大きめの台車2台が山盛りだ。私もここに配属された当初は、毎週毎週この大量の荷物の上げ下げを散々やったものだ。
「88だよ。キャンドルは各卓3個だから、264個。ちゃんと確認してね。」
発注表を見て、ため息をついた。広い宴会場に88卓も並んだカクテルテーブルに、一つずつ花を飾り、キャンドルを置いて、着火までするのはそれなりに大変だ。しかも、宴会が終わって片付けに入るタイミングまでずっと待っていなくてはならない。ホテルの配膳係は、表向きはスマートな態度で仕事をしているが、宴会の準備中や片付けのタイミングになると、どこのヤクザかと思うような怒号を飛ばしたりする連中が多く、もたもた花を片付けていると、遠慮なく怒鳴られたりする。私たち花屋は、正確に言えば、ホテルにテナントとして入っている身だから、宴会の配膳係に上から目線で怒鳴られる筋合いも無いはずだが、仕方がない。
バンケットの仕事に比べて、ホテル内のショップは基本的には冷やかしだけの観光客や、近隣のオフィスビルにある会社が花束を用意するときなどに来店する程度で、それほど忙しくならない。注文は全て本社が一括で取りまとめをしているから、一般的な花屋のように、朝早く仕入れに出かけたりすることもなく、淡々と1日がすぎていくことがほとんどだ。金・土・日だけ、結婚式で使うブーケの製作や納品で少しバタバタするものの、普段は落ち着いている。
もう何度も店長に、ショップで働きたいと訴えているが、このホテル店の中で3人しかいない正社員だからという理由で、かれこれ8年、地下のバンケット業務を続けている。
「今日ダルいっすね。宴会終わり21時っすよー。」
今年入社した新入社員の長瀬は、何度注意しても学生のような喋り方が直らない。もう一々注意するのも面倒で流しているけれど、無駄に語尾を伸ばす喋り方にイラっとする瞬間がなくもない。
結婚式の装花のデザインを考えたり、ブライダルフェアで展示するコーディネートを考えたりすることは楽しいけれど、このままずっとこの日々を過ごしているだけでいいのか、不安になることもある。とは言っても、今更普通の会社に入ってOL生活をすることも考えられないから、現状を何とか楽しむ以外に、今のところ道はない。
「来月のブライダルフェアのデザインは進んでる?そろそろホテルに提案書出したいから早めにね。」
「うぃっすー。」
はぁ、とため息をつきたくなるのをこらえて、手にしたガーベラの束にハサミを入れる。
花の仕事は、キラキラしたイメージとは程遠い。大量のゴミを処理したり、水が入った重たいバケツを運んだり、ナイフやハサミで切り傷を作ってしまったりと、泥臭い仕事ではあるけれど、それでも8年続けてこられたのは、やっぱり花が好きだからだ。どんなに気持ちが荒んでいても、美しく咲いた花を見ていると気持ちが落ち着くし、どんな組み合わせであしらうのがいいか考えている時はワクワクするし、想像通りのものができた時の喜びもひとしおだ。
昔から、絵を描いたり、手芸をするのが大好きだった私にとっての天職なんだろうと思っている。
願わくば、もう少し給料が高くて、もう少し余裕を持って仕事ができれば尚いいけれど、文句を言っても仕方がない。
ガーベラの花言葉のように、「希望」を持って仕事をしよう、とため息の代わりに小さな決意を飲み込んだ。

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Writer : Miranda

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