よほどの事情がない限り、婚礼が立て込む週末に休みを取れることはほとんどない。それに、月水金は市場から週末の婚礼で使う花が大量に届くから、正社員である私か店長か長瀬の誰かは必ず出勤する。必然的に、私の休みは火曜と木曜に集中しがちだ。
行きつけのカフェの外デーブルで、2本目の煙草に火をつけた。いつもの通り「5分遅れちゃう!ごめん!」というLINEが来てから早10分。圭介の5分は全くアテにならない。
表参道の骨董通りの裏手にあるこのカフェは、煙草を吸いながらコーヒーが飲める貴重な店で、圭介と会う時の定番の待ち合わせ場所だ。
「ごめん!ほんとごめん!」
息を切らせ気味に現れた圭介は、膝が大きく破れた黒のスキニーパンツに、目の覚めるような真っ赤なセーターを合わせて、つば広な黒いハットをかぶっている。細身で華やかな顔立ちの圭介は、何を着ても似合ってしまうけれど、その中でも自分に似合うものを選び取るセンスが抜群だ。
花屋の同期入社で、2年前までは同じホテル店で仕事をしていたけれど、今は転職してインポートブランドの販売員をしている。
「これ、お土産。都に絶対似合うやつ。」
「え、ほんと悪いよ、いつももらってばっかで。」
「いいのよいいのよ。コーヒーでも奢ってちょうだい!」
時々社員向けのサンプルセールなどがあると、こうして服を持ってきてくれる。時々私の趣味とは違うテイストのものを持ってくるけれど、圭介がくれた服を着ていると、「それどこの服?」とかなりの頻度で聞かれるから、自分にどんなものが似合うか、まだまだ私はわかっていないんだと思い知らされる。
「都、素材はいいんだから、もっと冒険してもいいんじゃないかと思って、今回はちょっと冒険テイストにしてみたわ。」
袋の中をのぞくと、私から見ると少し派手めなボタニカル柄のブラウスと、アシンメトリーなデザインの迷彩柄のスカート、黒地に金色の細かいラメ糸が編み込まれたタートルのトップスが入っている。
「嬉しい。ちょうどボタニカル柄に挑戦してみようか迷ってたんだ。」
袋から取り出して胸元で合わせてみると、圭介が満足そうな顔で笑った。
「そのブラウスと、都が持てるフェイクレザーのライダース、絶対に合うわよ!」
ゲイであることをオープンにしている圭介は、なんでもストレートな物言いをするから、初対面の人からは敬遠されがちだけれど、本当は愛情深くて傷つきやすい一面もある優しい人だ。同じホテル店に配属された時も、最初はお局たちとぶつかってやりにくそうだったけれど、いつの間にか彼女たちを自分の世界に巻き込んで仲良くなってしまっていた。
「ねえ、2時の方向をさりげなく見て。美味しそうな男発見。」
突然圭介がテーブルに身を乗り出して、小声で囁いた。
言われた方にそっと目を向けると、いかにも圭介が好きそうな、長身でややチャラめな風貌のサラリーマンが一人で店に入ってきたところだ。
「ん。…圭介好きそうだね。でも指見て指。」
左手の薬指に、リングが光っている。
「嫌っ!どうしてイケメンに限って既婚なの?!」
タバコを取り出して火を付けながら、圭介が吐き捨てるように言った。男に聞こえるのではないかとヒヤヒヤしたが、男はまさか自分の話をされているとは思っていない風で、私たちの近くの席に腰をおろした。
「私たちくらいの歳になると、イケメンじゃなくても既婚率高くない?」
結婚なんてしない、という顔をしていたように見えた友人達も、30を目前にバタバタと結婚を決めて、今では勝ち組のような顔をしている。30を過ぎて独身でいるなんて、性格か素性に問題があるに違いない、みたいな烙印を押された気がして、そんなつもりは全くないのに、卑屈な気持ちが湧いてきてしまう。
「やだやだ。既婚者ってほんと嫌。」
圭介は、去年まで妻子のある男に振り回されていて、その男との関係を清算してからは、特定の相手を作っていない。
結婚という文化にはほど遠いという点で、私と圭介の境遇は似ている。圭介は「女だっていうだけで、あたしなんかより遥かに恵まれてるんだから、恋愛しないなんて大いなる怠慢よ!」とよく言うけれど、女だからといって出会いに恵まれているわけでもないのだから、立場は似たようなものだ。
Writer : Miranda