加賀美のアパートは、私が住んでいるところよりももう少し西東京寄りで、本人が言っていた通り、お世辞にも新しくて綺麗とは言いがたい物件だった。南向きのベランダの外には公園があり、鬱蒼と茂った木立が手の届きそうなほど近くにあるけれど、2階の角部屋ということもあって部屋は比較的明るい。

6畳ほどの狭い空間に、カメラ関連の道具や写真集、文庫本などが散乱していて、足の踏み場がないほどではないものの、男の子の部屋らしい雑然とした雰囲気だ。服は小さなクローゼットに収まるだけしかなく、どれも黒かネイビーで、パッと見ではどれが夏服でどれが冬服なのか分からない。

公園の木立のおかげでベランダに出ていても周囲の目は気にならず、ちょっとだらしがないとは思ったものの、ショーツに加賀美の匂いがするよれたTシャツを着ただけの格好で、手すりにもたれてタバコをくゆらせた。加賀美は部屋で吸っても構わないと言ってくれたけれど、狭い部屋で吸うといつまでも匂いが残ってしまうのが申し訳なくて、ベランダで吸うことにした。

暑い暑いと思っていたのに、季節はいつの間にか秋の気配を帯びていて、いっとき随分と湿度を持っていたはずの風が、乾いた風に変わっている。

もう少し秋が深まってきたら、このベランダから見える木々が紅葉して、さぞかし綺麗だろう。

二人とも愛しちゃダメですか19話イメージ1

加賀美が灰皿代わりにと貸してくれたジャムの空き瓶に吸い殻を落として、思い切り伸びをした。火曜日の昼下がりは、公園で遊ぶ子供の声もなく、少し離れたところにある幹線道路を通る車の音が時折聞こえる程度で、とても静かだ。

カシャッと小さな音がして、振り返ると上半身裸の加賀美がカメラを構えて私にファインダーを向けていた。

「……ちょっと、こんな格好の時に撮らなくてもいいでしょ。」

「エロいよ、なんかすごく。」

裸足でベランダに出てきて、ちょっとふてくされた私の横顔にまたシャッターを切る。

「ダメだってば。」

カメラを取り上げようとしたけれど、背が高い加賀美は頭の上にカメラをもちあげて、いたずらっぽい顔で私を見た。

「いいでしょ。俺だけが見るんだから。」

最近先輩のカメラマンからもらったというフィルム式のカメラは、デジカメのようなモニターがなく、現像してみるまでどんな風に写ったのか見ることができない。それが面白いのだと加賀美は言うけれど、なんでもスマホで撮ってその場で確認することに慣れている私には、いまいちその良さが分からない。

カメラを手に持ったまま、加賀美が腕を広げて私に抱きついてきた。

唇を重ねて来るのをうけとめて、大きな背中に手を回す。

少し前まで、キスをするのもおっかなびっくりだったのに、すっかりそういうスキンシップに慣れたのか、二人でいる時は始終私に触れたがる。最近は、以前と比べて明らかに、表情も豊かになったように思えるし、私も加賀美に対して構えていた気持ちがなくなって、二人で過ごす時間がとても楽だ。

「……タバコ味。」

顔を離した加賀美が言う。

「ごめん。タバコやめたいなって思う時もあるんだけどね……。」

「いいよ。気にしなくて。仕事も変わったばっかりでストレスも溜まるだろうし、変に無理することないって。」

本社で異動してクリエイティブディレクターのアシスタントポジションにつかないか、というオファーに自分から返事ができず、結局2ヶ月も放置してしまっていた。だから、とっくに他の人に決まったのだろうと思っていたら、先月末に地区統括の林田から「まだポジション空いてるけど、気持ちは固まった?」と電話があって、なんとなくその場の勢いでオファーを受けると返事をしてしまったのだ。

何か大きな気持ちの変化があったわけではないけれど、生活も恋愛も平行線を続けるより、少しでも何か変えたいと思ったのかもしれない。

私は昔から、いろんなことを散々悩むくせに、そういう変な瞬発力だけはあって、大事なことを勢いで決めてしまったりすることがある。今までそういう瞬発力で決断したことに後悔をしたことはないけれど、一方で些細なことをいつまでも決められずにずるずるひきずってしまうのはどうしてなんだろう。

「そのなんとかっていう上司はどうなの?」

部屋に入ってコーヒーを淹れようとしたら、後ろから加賀美が抱きついてきて、そのまま二人で小さなキッチンに立った。肩に乗せてきた頭が重たかったけれど、こういうバカみたいないちゃつきも、それなりに楽しめるようになっている。

「んー。思ってたよりは普通の人だったけど、やっぱり評判通りに気分屋なところもあるかな。」

「怒鳴られたりするの?」

「それはないよ。むしろ今の所、私に対してはすごく優しく接してくれてるから、逆にいつ何を言われるのか身構えてるところはあるけどね。」

本社勤務は基本的に土日が休みだけれど、大きな撮影などの案件がある時は、休日に出勤して準備をしたりもする。でもその分こうして平日に代休を取れるから、シフト勤務で働いていた時よりも、真っ当な生活になった気もしていた。

ケトルに水を入れて湯沸かしボタンを押したのに、加賀美がシャツを捲り上げて胸元に触れてくる。

「もう、コーヒー飲むんじゃないの?」

「……その前にしたい。」

昨日の夜もしたのに、まるでやりたい盛りの10代のカップルみたいだ、と思うけれど、ようやくセックスの楽しさを知った加賀美の気持ちは理解できる。急に真面目な顔になった加賀美が愛おしくて、少し背伸びをして加賀美の首筋に唇を押し当てた。

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Writer : Miranda

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