恵比寿の駅で真紀を見送って、私と華は西口から少し歩いたところにあるワインバーに繰り出した。
「まさか真紀が妊娠するとはなぁ。」
白ワインのグラスを傾けて、華がしみじみとした顔で言う。
「私、真紀に大丈夫だよって言ってあげられなくて、つくづく自分のそういう機転の利かないところが嫌になる。」
つまみで頼んだチーズをつまんで、ため息をついた。内心どう思ったにせよ、真紀が落ち込んでいるのだから励ましてあげるのが友達だろう、と自分でも思う。
「都は素直なんだよ。嘘つくよりずっと良いと思うよ、あたしは。」
よく言えば素直で嘘がつけない私は、結局それが原因で恋愛もなんだかこんがらがってしまっている。もっと器用な人間に生まれていれば、今頃とっくに誰かと結婚して、子供のひとりでもいたんじゃないかとさえ思う。
「で? 都も悩んでるんでしょ? 聞くよ。今日はとことん吐き出しちゃいな。」
一体なにから吐き出せばいいのか、宮藤さんに「俺も諦めないから」と宣言されてからずっと、頭の中がこんがらがってしまって、考えがまるで先に進んでいなかった。
「もうさ、どうしたらいいのか全然わかんなくて。久々に恋なんかしたら舞い上がっちゃって、気がついたら二人まとめて好きになっちゃってるとか、自分で蒔いた種なのに、完全に手に負えなくて。」
そう。手に負えないのだ。宮藤さんにも、加賀美にも、それぞれに惹かれるところがあって、どちらかを選んで、どちらかには別れを告げて傷つけるなんてことは、到底できない。それならいっそ、どちらとも付き合わずに、一人ぼっちの自分に戻った方が幾分ましなのではないかとさえ思う。
「もしもさ、三人で海で遭難したとして、目の前には二人乗りの救命ボートしかないとしたら? どっちを選ぶ?」
華の言う状況を頭の中で思い浮かべてみる。
「もしそんな状況になったら、私は自分が溺れ死んで二人に助かってほしい。」
「ちょっと都、……相当キテるね。ちょっと一旦深呼吸しな。深呼吸。」
「ああ、もうほんとにどうしたらいいんだろう!」
深呼吸をする代わりに、グラスに注がれたワインを飲み干した。
お酒をあおったところで、考えがまとまるわけじゃないことは百も承知だけれど、飲まずにはいられない。やけになってチーズを頬張って、むせた私の背中を華がさする。
「焦んない、焦んないの。人の気持ちってそんなに簡単に割り切れないもんだよ。あたしだって、奥さんのいる人なんて好きになる予定じゃなかったのに、気持ちはどうしても止められないんだもん。」
華はずっと、テレビ局で知り合ったディレクターと不倫関係を続けている。その一方で、他の男の子たちと気楽な関係も続けている華が、こんなに一途な気持ちを持っていたとは知らなかった。
「心の中では、彼が奥さんと別れて、私のところに来てくれたらいいのに、って思うことだってあるけど、それを口に出したら終わりだと思うから、このままでいいんだって自分に言い聞かせてるけど、そんなのほんとは不健全なんだって分かってるし、でもだからと言って彼の代わりを探そうって思っても、彼のことが好きなのに他の人を探すなんてできないもん。」
「華がそんなこと考えてたなんて知らなかったよ。」
「私もこう見えてかっこ悪い女なんだよ、実は。ずっと強がって男とっかえひっかえして来たけど、今の彼と付き合い始めてから、どうにも気持ち持ってかれちゃってね……。相手が一人だったとしても、恋愛ってそう簡単に色々割り切れないもんなんだよ。」
例えば仕事なら、どんなに迷ったとしても、リミットがあるからどこかで折り合いをつけて選択することができる。恋愛にだってどこかにリミットはあるはずなのに、仕事のように冷静に割り切れないのは、どうしてなんだろう。
「とりあえず、もう少し二人との関係を続けてみてもいいのかな。」
「そうだよ。もう少し同時進行してみたらさ、どっかのタイミングでどっちかに決められるかもしれないし、もしかしたらどっちも選ばないっていう選択だってあるんだから、とりあえず、もう少しジタバタしなよ。」
宮藤さんと加賀美の顔をそれぞれ思い浮かべながら、二杯目のワインに口をつけた。
Writer : Miranda