「何ニヤニヤしてんですか?」
作業台でホテルから注文のあった花束を組んでいると、倉庫から戻ってきた後輩の長瀬に顔を覗き込まれた。
「……え?」
まったくもってニヤニヤしているつもりなどなかった私は、顔をあげて思わず赤面してしまった。ほどよく開いた真っ赤なバラの花を手に、昨日の夜の加賀美とのあれこれを思い出していたからだ。
「別になんでもない。」
長瀬の視線を避けて、口元を引き締める。
「え、怪しい。絶対なんかいいことあったんじゃないすか。」
しつこく顔を覗き込んでくる長瀬を手で制する。
「何もないってば。」
「あれすか?噂の栄転の話ですか?」
「……栄転?噂って何それ。」
このところのドタバタのせいで、本社への異動の話などすっかり忘れていた。そういえば、そろそろあの話にも返事をしなければならない。
「とぼけちゃって。噂になってますよ。本社に異動を打診されてるって。」
そんな噂が出回っているのだとしたら、発信元は口の軽い店長しかいない。一体どんな風に皆に話が回っているのかしらないけれど、そういうコンフィデンシャルな内容を言いふらすのはいかがなものなのか。
「まだ返事してない。いろいろと考えてるところ。あんまり軽々しくそういう話題を広めないでよね。」
先輩としての威厳なんてあってないようなものだが、とりあえず長瀬をたしなめた。
「え、なんで迷うんすか。俺なら即本社に行きますけど。」
長瀬が心底意外そうな顔をして私をみる。
「本社っていうけど、金井さんのアシスタントだよ?あの人の悪評は知ってるでしょ?」
「知ってますけど、チャンスじゃないすか。本社ならデカい案件とかもやれるし、こんなホテルの地下でちまちま花作ってるだけなんて先行き見え無さすぎっすよ。」
長瀬の言うこともごもっともで、思わず花束を組む手を止めた。
「まあね。でもホテルの仕事だってやりがいはあるし、大きい案件ができるのは確かに魅力だけど、面倒な人の下についてまた下積みみたいなことするのもどうかなって思うんだよね。」
「いやいや、だって永遠に金井のアシスタントでいるわけじゃないじゃないすか。そこで実績作れば先輩が直でやれる案件だって絶対出てきますって。」
人生なんておよそ真剣に考えていなさそうな長瀬に、至極まっとうなことを言われて驚いた。何を考えているのかわからない新卒世代だと思っていたけれど、案外ちゃんと仕事のビジョンを持っているらしい。
「それはそうだけど……。」
「本社行って、バンバン実績作って、俺を引っ張り上げてくださいよ。」
「長瀬は本社に行きたいの?」
「行きたいすよ。俺もともと壁面緑化とか、公園の設計とかそっちがやりたいんで。」
そんな話は初耳で、驚いて長瀬の顔を見た。
「え、そんなこと考えてたの?意外すぎるんだけど。」
「ひどいなぁ。俺だって無駄にヘラヘラしてるわけじゃないっすから。今の仕事は正直俺のやりたいこととは違うけど、ここで成果出せばそのうち俺も本社に異動希望出すつもりなんで。」
私なんかよりも、長瀬の方がよほどしっかりとこの先のキャリアプランを考えている。
組み上げた花束を紐で縛りながら、小さくため息をつく。
前にこの話をした時に、独立する道だってある、と言った加賀美の言葉を思い出した。
やっぱりそろそろ、きちんと自分の夢に向き合わなければならない時がきているらしい。
Writer : Miranda