「それって、本当に都さんのやりたいことなの?」
まだ水曜日だというのに、安さが売りのチェーンの焼き鳥屋は、学生らしき若者でごった返していて、テーブル席ではなくカウンターに通された。隣に座った加賀美が、ビールのジョッキを置いて、私を見る。
「どういう意味?」
あちこちのテーブルから巻き起こる笑い声のせいで、加賀美の低い声が聞き取りにくい。
薄々予想はしていた通り、宮藤さんのように応援してくれる気配のない加賀美の答えに、自分勝手なのは自覚しつつ、ほんの少し苛立ちを覚えた。
さっきから隣の男の肘が私に度々ぶつかってきて、余計にイライラが募る。
「…その金井って人のアシスタントになったとしても、都さんが自由にやれるわけじゃないんでしょ?だとしたら、もっと別の選択肢もあるんじゃないかと思って。」
私の苛立ちを感じ取ったのか、加賀美が目をそらして枝豆に手を伸ばす。日に焼けた加賀美の腕が私の腕に触れて、思わずどきりとした。
この間の夜、宮藤さんの家で体の関係を持ってしまったことが伝わってしまうんじゃないかと、変な妄想が頭に浮んでみぞおちのあたりが苦しくなる。結局加賀美とは、まだキスはおろか手も繋いでいないけれど、時折ふと感じる男っぽい体の匂いや、血管の浮き出た大きな手を見ると、加賀美としてみたいと思っている自分を意識してしまってもどかしい。
「それはそうだけど、今の私にある選択肢って、このままホテルの店で働くか、金井のアシスタントになってアートディレクターの道を狙うかしかないよ。」
本当はもっと他の選択肢だってある、と思いつつ、なんだかむきになって言い返してしまった。
「独立は?自分の店を持ちたいとは思わないの?」
私が頭の隅に追いやっていた考えをあっさり言われて、なんだか恥ずかしくなる。加賀美と話しをしていると、自分の全てを見透かされているような気がするのはなぜだろう。
「独立は…もちろん考えたこともあるけど、そんなお金もないし、私の実力で独立しても通用するのか、正直自信ないんだよね。人脈もないし。」
言い訳をしているみたいだけれど、取り繕った発言をするのも違う気がして、本音を言った。
独立して、自分の思う通りにやれたらどんなに幸せか、考えたことがないわけじゃない。自分のブランドを立ち上げた真紀や、ヘアメイクとして独立している華からも、「都は独立してもやっていけるよ!」と何度も言われているけれど、いざ具体的に考えてみると、色々と越えなければならないハードルが多すぎて、二の足を踏んでしまう。
「誰でも最初は、お金も人脈もないだろうし、最初から何もかも揃った状態で始められる人の方が少ないんじゃないかな。それが揃うのを待ってたら、結局何もできずに終わっちゃうと俺は思うよ。……って、なんか生意気言ってすいません。」
急に加賀美が照れたように顔を緩めた。
生意気なんかではなく、加賀美の答えは正論だ。私は自分に言い訳をして逃げているのだということも、自覚している。
「いいの。生意気なんかじゃないよ、良平くんの意見はごもっともだって、私も分かってるから。」
苛立っていた気持ちがふっと無くなって、肩の力が抜ける。宮藤さんとは別のアプローチではあるけれど、加賀美も私のことを考えて言ってくれていることに変わりはない。
「私、昔からそうなんだよね。夢とか目標って、そう簡単に叶うはずないんだって、なんか思っちゃうところがあって、自分の可能性を自分で狭めちゃってるのかも知れないって思うところもあるんだ。」
「偉そうなこと言っちゃったけど、俺もこの先一人でカメラマンとしてやっていけるのか、全然分かんないよ。」
「みんなどうやって自分の力だけで頑張ってるのか、教えてほしいよね。」
出会ってから初めて、加賀美と気持ちが通じた気がして、特に深い意味はなく、加賀美の腕に触れた。同じクリエイティブな世界で頑張る、バディみたいに思えたからだ。
でも、触れた瞬間に、加賀美がわずかに緊張したのが伝わってきて、はっとした。
「俺……、」
何かを言いかけて、加賀美が口をつぐむ。そして、ぎこちなく私の手に手を重ねてきた。加賀美の手は少し汗ばんでいて、なんだか私まで緊張してしまう。
「これ食べたら、ちょっと散歩でもしない?」
「うん。ちょっとここうるさいしね。」
加賀美との関係が、ほんの少しだけ動いた。宮藤さんのようにトントン拍子ではないけれど、学生の頃のように、お互い探り探りに進める恋愛も悪くないのかも知れない。
Writer : Miranda