「ちょっと歩くんですけど、いいですか?」
平日の昼間でも人で溢れた新宿の雑踏を、人を避けて歩きながら、加賀美が私を見るともなく目線を向けて言う。
「あ、…はい、全然大丈夫です。」
歩幅の広い加賀美の歩みに合わせるのは大変で、数十メートル歩いただけなのに、私は緊張も手伝って息が上がりそうになっている。少しは気を使えよ、と内心思いながら、今日会ったことを早くも後悔し始めていた。
この男も緊張しているんだろうか、と思ってちらりと横顔を伺うと、無表情な顔はどこか余裕を漂わせているようにも見えて、なんだか腹立たしさすら覚える。
新宿御苑がほど近い、裏道のカフェに着く頃には、私はすっかり疲れ果ててしまっていた。
「ここ、穴場なんです。コーヒーも結構美味くて。」
独り言のように言ってドアを開け、さっさと入っていく加賀美の背中を追いかける。店に入ると、コーヒーのいい香りが漂ってきて、ほんの少し気持ちが落ち着いた。店内にいる数人の客は、皆一人で来ているらしく、低く流れるジャズ風のBGM以外、会話は聞こえない。ところどころ変わったシルエットの観葉植物が置かれていて、確かに店の雰囲気は悪くないが、初対面の人間と来るにはちょっと場違いな気もした。
窓際の席に腰を下ろすと、ニット帽をかぶった男の店員が音もなく現れて、私と加賀美の前に水の入ったグラスを置く。
「俺はブレンドで。」
メニューも見ずに加賀美が言って、私を見た。
「私は…、アイスコーヒーください。」
「アイスはドリップと水出しとあるんですけど、どちらになさいますか?」
店員の柔らかな笑顔と口調が眩しく思える。ドリップと水出しの違いは良く分からなかったけれど、早く頼めと言わんばかりに私を見ている加賀美の視線が気になって、ドリップの方で、と適当に答えた。
「写真の感じとちょっと違いますね。」
少し苦味の強いアイスコーヒーを一口飲んで、やっと一息ついた私に向かって加賀美がおもむろに言い放った。
顔面にパンチを食らったような気持ちになって、ぱっと顔が赤くなったのが自分でも分かる。やっぱり私がイメージと違うことに対して腹を立てていたのか、と思うと同時に、こっちだってお前みたいなぶっきらぼうは願い下げだ!と言いたいのを堪えてゆっくりと息を吐く。
「……あの写真は友達が悪ふざけで撮ってくれたやつで、ちょっとイメージ違いますよね。ごめんなさい。」
泣きたい気分で、もういっそ席を立って帰ろうか、と思った私の顔を加賀美がまじまじと見る。
「俺は、実物の斉藤さんの方が好きですよ。」
「……え?」
無表情すぎて、感情が読み取れない。言われた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
全くそうは思っていなさそうな真顔の加賀美を見返したものの、二の句が継げずに口を閉じる。
無表情なのはデフォルトで、ぶっきらぼうなのも悪気はないのだろうか。そう思って改めて加賀美を見ると、確かに攻撃的な空気感ではない。やっぱりお互いに緊張しているんだろうか、と思い直して息をついた。
「加賀美さんも、写真のイメージより、…大人っぽいですね。」
大人っぽい、という表現は違う気がしたものの、「ぶっきらぼうですね。」とは流石に言えず、椅子の背に体を預けながら、コーヒーを一口飲んだ。
「良平でいいですよ。俺の方が年下だし。」
会ってから初めて、加賀美が私に笑顔を見せた。
笑顔と言っても、ほんの少し口元を緩めただけだったけれど、こぼれた歯の白さが印象的で、思わず顔を見つめてしまう。
「じゃあ、私も都で。敬語もやめにしようか。」
ようやくペースが掴めた気がして、ほっと息をつく。緊張していたのか、肩から力が抜けて、やっとコーヒーの旨みを感じられた気がした。

Writer : Miranda

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