週末に、地区統括の林田から「ちょっと話があるから」と思わせぶりな連絡があって、水曜日の午後に話しをすることになった。

次の週末にブライダルフェアを控えていて正直迷惑だと思ったものの、断るわけにもいかず、手短にお願いします、と釘を刺して、ホテル近くのカフェに赴いた。

「どうよ、最近、調子は。」

私が腰を下ろすよりも先に、林田が口を開く。まだ40手前なのに、髪は白髪混じりでやや禿げ上がり、恰幅のいい体も相まって50前後に見える残念な男だ。こんな見た目のイケていない男が、都心部のショップの統括の任に就いているなんて、本当にうちの会社は見る目がない。

「忙しいですよ、相変わらず。売り上げに関してはご存知の通りです。」

ここ2年あまり、店長と共にホテルに積極的に働きかけを行ったおかげで、館内やレストランに定期的に花を納品する以外にも、ホテルのVIP顧客を対象にしたフラワーアレンジメントの講座を開講したり、ホテルのパンフレットや婚礼目的で来訪するお客様に向けたツールのイメージディレクションを行ったりと、通常の婚礼業務とショップの売上以外でも売上を伸ばすことに成功し、売上は好調だ。

「斉藤ちゃん頑張ってくれてるもんね。」

体型のせいもあって、椅子にふんぞり返って喋る林田に、そこはかとない嫌悪感を感じつつも、笑顔を返してコーヒーを注文した。

「話ってなんですか? またどこぞの店舗の店長になれっていう話ですか?」

過去に何度も、近隣の店舗の店長にならないか、という話をもらっている。でも正直に言って私は、売上の数字とにらめっこしたり、スタッフにあれこれ指示を出したりといったマネージメント業務には興味が持てず、ずっと断り続けていた。店長になったところで、給料も大して上がらないし、これ以上お局の顔を立てて気を遣うなんてまっぴらだ。

「あはははは! 察しがいい! でも今回はちょっと違うんだよね。」

もったいぶらずに早く言え、と思いつつ、手元に置かれたアイスコーヒーを飲み下した。

「金井さんて分かるよね? アートディレクターの。来月金井さんのアシスタントが辞めることになってさ、斉藤ちゃんどうかな、と思って。」

「……え、秋山さん辞めちゃうんですか?」

lovestory10subimage1

金井は部長の愛人と言われていて、大した実力もないくせにアートディレクターなどという図々しいポジションを与えられ、好き勝手し放題の悪名高い女だ。これまで金井のアシスタントのポジションは誰も続かず、唯一秋山さんだけが彼女のアシスタントとして2年あまり働いていた。ついに秋山さんも耐えかねたのだろうか、と思いながら、林田の意図がわからず脂ぎった顔を見返した。

「秋山ちゃん、旦那さんの仕事で海外に行くことになっちゃったんだよね。」

「え、そうなんですか。」

「上海だったかな? 一緒に行くことにしたみたいでね。」

「そうなんだ……。で、なんで私なんですか? 私が金井さんと合うとは全く思えないんですけど。」

林田とて、金井の悪評は知っているはずだ。今の店のお局ともなかなか上手くやれていない私が、横暴を極めていると噂の金井と合うわけがない。

「やー。そこなんだよね。金井さんの噂、知ってるでしょ? あんまり大きい声では言えないんだけど、会社としてもちょっと彼女には困っててさ、今ちょっと色々動きがあって、彼女をアートディレクターのポジションから外そうっていう動きがあるんだよね。そうなると彼女の代わりにアートディレクターが出来る人材が必要で、それで斉藤ちゃんに白羽の矢が立ったってわけ。悪い話じゃないでしょ?」

「……へぇ、そうなんですね。」

なんだかタチの悪い詐欺話を持ちかけられているような気がして、林田が期待しているような反応ができない。金井を外す話が決まっているのならまだしも、そういう動きがある、というだけでは、このオファーがいい話なのかどうかはかりかねる。下手をすれば、金井の横暴に振り回されるだけのポジションにあてがわれる可能性の方が大きいはずだ。

「でも、金井さんの退任が決まってるわけじゃないんですよね?」

「まあ、正直そういう動きがあるっていうだけだからね。来月再来月にすぐっていう話ではないよ。でも、いざ彼女を退任させるってなった時に、アシスタントのポジションにいれば、アートディレクターの後任を任される可能性はかなり高いと思うよ。」

「……ほんとですか? だって、本社にだって彼女のポジションを狙ってる人は多いですよね?」

そんなポジション争いに巻き込まれるのはごめんだ。それなら、ホテル店である程度自分の好きなように働ける方がよっぽどいい。

「そこは僕を信じてもらうしかないかな。」

「……。」

林田が信じるに足りる男でないことは明白で、そっと目を伏せた。果たしてこれはチャンスなんだろうか。

「まあ、今すぐに決めろとは言わないからさ、ちょっと考えてみてよ。」

「……いつまでに答えを出せばいいんですか?」

「待って来月の半ばくらいかな。他の子にも声はかけてるから、もし他の子が先にやるって決断しちゃったらごめん、て感じだけど。」

「……分かりました。考えておきます。」

正直全く気乗りはしないものの、ある意味でこれはチャンスなんだろうか、と思えないわけではない。林田のニヤニヤした顔にムカつきつつ、考えを巡らせた。

1 2

Writer : Miranda

Message

「二人とも愛しちゃダメですか?」第9話はこちらから

 

最初から読む方はこちらから

Share iline Facebook Twitter