「……あれ、帰んの?」

忘れ物をしていないかバッグをごそごそやっていると、後ろから寝ぼけた声がした。

「うん、明日仕事ちょっと早いから。起こしてごめんね。」

振り返らずにあしらって、財布の中身をチェックした。千円札が二枚しか入っていない。今月もなんだかんだ金欠だ。

「……もうちょっと居れば?まだ終電じゃないだろ。」

後ろから手を引っ張られ、少しよろけてベッドに腰を下ろした。指先に、かさついた唇を押し付けられて、ほんの少しだけさっきのことがフラッシュバックする。体の相性だけは、本当に完璧だ。

でも、この男と付き合う気にはどうしてもなれない。それは向こうも同じなんだろう。二人の間で、付き合うという話が出たことは一度もない。

「もう着替えちゃったし、今日は帰るね。裕樹は?明日仕事休み?」

私たちは、同じホテルで働いている。私はフラワーショップで、裕樹は宴会の配膳として。仕事での接点はそれほど無いけれど、気がついたらこういう関係になってもう久しい。

「明日は遅番だから、昼くらいからかな。」

「いいなぁ。うちは明日人員が少なすぎて、朝から通しなんだよね。」

立ち上がろうとしたのに、後ろから絡んで来た腕でベッドに押し倒される。

裕樹が眠そうな顔を寄せてきたから、仕方なく唇だけ重ねた。イケメン、という部類の顔立ちではないけれど、まっすぐな鼻筋や、ちょっとつり目気味な切れ長の目が好きだ。歯並びがいいところも気に入っている。脱いだ服を散らかしっぱなしにしているところや、ビールの缶をそのままテーブルに置きっ放しにしているところや、トイレの蓋を閉めないところは少々鼻につくけれど、付き合っているわけじゃないから、どうでもいい。

「ミヤコ、もっかいしたいよ、俺。」

せっかく整えたブラウスを、スカートから引っ張り出されそうになって、筋肉質で重たい体を腕で押しのける。

「だから、帰るってば。」

立ち上がって、バッグを肩にかけた。裕樹が全裸のまま立ち上がって、後ろから腕を回してきた。ふっと、汗の混じった体の匂いがして、気持ちが少しだけ揺らぐ。

「次いつ会える?」

耳元で囁く少しかすれた声に、みぞおちのあたりがざわざわした。

「LINEするよ。ちょっと来週は仕事忙しそうなんだよね。」

裕樹に抱きつかれたまま、散らかった玄関で靴を履く。胸元を掴んだ手をそれとなく追い払って、振り返った。

「今日はありがと。」

「こちらこそ。またな。」

ドアを開けると、昼間に比べて少し冷えた風がふっと頰を撫でた。3月とはいってもまだ夜は冷え込むことが多い。

「寒っ。」

「そのまま寝たら風邪ひくよ。じゃあね。」

ゆらゆらと手を振る裕樹に、軽く手だけあげて、ドアを閉めた。

もうすぐ春が来て、私はまた一つ歳を重ねるというのに、祐樹とこんな関係を続けているだけの自分に焦りがないわけじゃない。

薄手のブラウスに重ねたフェイクレザーのライダースの前を合わせて、チュールスカートの足元から入ってくる冷気を追い出すように、早足で駅までの坂を下った。

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Writer : Miranda

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「二人とも愛しちゃダメですか?」第2話はこちらから

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